2005年03月20日

57:Sun,Dec 19危険って!?

旅から帰って早3ヶ月が経とうとしている…。
一体いつになったら完結するのであろう。
…と思ってるのは本人だけではないハズ…。
膨大な量に呆れて、途中で読むのを放棄した知人
大勢いるのであります…。

1日1日の文章が退屈で、長すぎるのがよくないのだ。
わ、わかってマス!!

早くこの独りよがりなスタイルを辞めて、
コメントしやすい、
TBしやすい、
読みやすいブログ作りを心がけたいと…。

まあ言い訳ばかりしてないで
ともかく、書き終えることにチャレンジします。


では、以下旅の続きです。
だんだん危機意識が麻痺してきて、わりと危険なこと、やってます。

≫ 帰る日程を勘違いする ≪


さて、旅も残すところあとわずか。
明日には飛行機に乗って日本へ帰らなくてはいけない(と、このときは思っていた)。

まだL.A.のどこを目指すか決めていなかったので、
地球の歩き方を持って、食堂のそばのソファにどっかり座ってアレコレ算段。
ついでに飛行機の時間も確認。

ここで重大な間違い(そうでもないか)に気づく。

…1日間違えてたのだ。

月曜日ではなくて火曜日の朝の飛行機だった。

orz

ということで1日の猶予。
ここでまた悩む。

ロサンゼルスよりもサン・ディエゴの方が絶対に居心地がいいのだ
しかし、サン・ディエゴでやりたいことはあらかたやってしまったことと、
出発の準備をもうしてしまったことで、移動することにする。

場所はサンタモニカへ。

今泊まっているところと同じ系列のユースホステルがあり、
インターネットで予約して1泊$28。
L.A.では格安な方だと判断。
そして何より、空港までが近い。フツウのバスでも移動できる。
一人で夜までブラブラ歩いても治安の面でも比較的安全だし、車が無くても困らない。
バスが泊まるダウンタウンからはサンタモニカまでバスで移動できるはずだ。
最後の買い物もバッチリ☆
サンタモニカならヨガスタジオもたくさんあるはず…。

と、ここまで決めるのに約2時間。

≫ 若ハゲブラジル人と出会う ≪

そうやってウンウン唸ってる途中(もちろんただの表現です)、
日本人の若い男の子の二人連れが食堂に現れた。

彼らは旅の途中で知り合ったらしく、一人はアメリカの大学に留学中の大学生で、
一人は旅人で、二人とも20歳ちょっと(多分。さすがにもう記憶があいまい)。
グレイハウンドバスを使って西海岸を旅しているのだという。

彼らは、ここで知り合ったというブラジル人の男性と一緒に、
これからラ・ホヤに行くと言う。

そして、そのブラジル人の年を当てるように促された。
かなり若く見積もって32歳くらい?と答えると、

ブラジル人の彼は、顔を覆ってつっぷす

日本人二人爆笑。

25歳らしい。

かなりの若ハゲで気の毒に
フランス語もスペイン語も英語も話せて、とてもかしこそう、ではあったが。
旅ではなめられなくていいよ、と
わけのわからない慰めをして、また落ち込まれる。

彼らは去る際に、
「サン・ディエゴでもう1泊しようよ、また会おうよ」と
ここに残るよう言ってくれたが、日本人の出会いを大事にするより…(間違ってるかしら)
いや、彼らと話すのは楽しそうであったけれど、
やはりもうL.A.へ移動することにする。

ユースホステルのネットでホテルをあらかじめ予約し、昼すぎにホテルを出た。

≫ 罪な日本人女性がきっと世界各地に… ≪

去り間際に、ホテルの入り口で白人男性に呼び止められる。

日本人からの手紙を見せられて、日本語で何が書いてあるのか訳してくれと頼まれる。

そこには汚い字で
「ごめんなさい。許してください」と書いてあった(笑)

伝えると、彼は悲しそうな顔をして納得し、お礼を言った。

罪な日本人女性がいたようだ。

で、荷物を引きずりつつ、グレイハウンドバスのターミナルへ。
L.A.のダウンタウンまで16ドル。
14時半頃の出発だったので、待合室でやや待つ。

荷物は預け、バスの中では今朝の残りもののファーストフードを食べたり、音楽を聴きながら移動。2時間半ほどなのでバスでも全く苦にならない。安い移動手段。

≫ 危険度MAX・黒人のオッサンとバスで… ≪


夕方にダウンタウン・ターミナルへ無事到着。住所で、現在位置は何となく想像がつくが、
地球の歩き方の地図には、ターミナルの場所の記載はない。
治安がよくない場所だと書いてあるのみ。

地図に載ってないくらい、外れのヤバイ場所なのだ。
なら、サンタモニカ行きのバスを窓口で聞いたり、
タクシーでも呼べばよかったのだが、
バスが出る通りがわかっていたので、
何とかなるさ、と思って歩き出してしまう。

無謀。

ただまっすぐ道を歩いただけなのだが
かなりヤバイゾーンを長いこと歩くハメになる。

スーツケース引きずってリュック背負って歩いてる人なんて一人もいない。

というか、歩いてる人がほとんどいない。

思ってたより遠い。

もうすぐ日がくれる。

スラム街っぽいような地域も通る。


誰もいないのと、ヤバそうな人がいっぱいいるのと、
どっちがヤバいかなあ
、とまたもぼんやり考える。

30分以上歩いて、ようやくバス停がありそうな場所にたどり着く。

待ってる人も、心なしか…少々ヤバそう。いや、偏見はいけません

なかの一人に、
このバスはサンタモニカに行くか尋ねると、同意してくれるので、そのままバス停に並ぶ。

すでに日は暮れていた。
タクシーに乗れよ、私。
でもせっかく歩いたし、
バカ高い料金を払うのは嫌だったのだ…。

ロサンゼルスでバスに乗るなんて、昨年来たとき(リッチ旅行)は想像もしなかった。

そのうち、隣に黒人の60歳くらいのオジイサンが座ってきた。
どこから来たのか、どこに行くのか尋ね、
自分もそこまで行くから、一緒に行こうと言う。

いやー、やっかい。

黒いビニール袋を持った彼、浮浪者の一歩手前ライン。
ヤバげなチョコレートをゴソゴソだして、もちろんむき出しのまま
手づかみでどさっとくれたり、
ガハハガハハ笑いながらやたらなついて来る。

まあそれだけならまだしも、
おっさん、覆いかぶさるように
右手は私の太モモ、左手は髪を撫で回す。

それがなんと1時間半…続いたのだ。

もちろん抗議して嫌がったが、
「You are so cool!」だの恥ずかしがるななど、
笑うおっさん、一向に意に介さない
私は大荷物もあるし、
一刻も早く宿に着きたいので降りたり逃げたりはできない。

まあ、このオッサンが付いてる限りは、
これよりヤバイ人は私に近づかないだろう、という前向きな解釈をして…、
地球の歩き方の地図を片手に、真っ暗闇のロサンゼルスを、
自分の居場所を確かめつつサンタモニカまで乗る。

最後はそのオッサンと私しか乗車していず…。

オッサンは適切な場所でバスを止め、
大荷物だから少し長く止めてくれとバスの運転手に大声で伝え、
私の荷物を降ろすのを手伝ってくれる。

それは…いいのだが、
宿まで着いてきて連絡先を聞くと言ってきかない。
ほとほとキレはじめていろんな言い訳をしたけれど、通じず。
結局フロントまで来て、電話番号をフロントのオジサンから聞き出し、
自分の番号を押し付けてまた会おう、と言って去っていった…。

画像 562.jpg
入口もとてもオシャレな雰囲気
Hostelling International Santa Monica


ユースホステルは、とてもいい場所にあった。
1泊28ドルで2泊分をカードで支払う。
赤と白のギンガムチェックのシーツを渡され、それがとても可愛かった。
部屋は木製の2段ベットが4つ並ぶ8人部屋。
シャワー室まで少し歩くのと、朝食が有料なのが難点だが、広く、施設は整っている。

≫ 気分を変えて…憧れのヨガinL.A! ≪


荷物をおいて、早速街歩きへ。
ホテルから徒歩1分の場所にある、
ヨガ教室らしきものが気になっていたのだ。

画像 561.jpg
奥がスタジオになっている
SANTA MONICA POWER YOGA


果たしてそこはSANTA MONICA POWER YOGAというショップとヨガ教室で、
ショップはもう閉まっていたものの、
教室には入れて、見学させてもらった。
先生らしき女性が一人いて、スケジュール表を見せてもらう。

私が訪れたのは19:45くらいだったのだが、
20:00からクラスがあることを知る。

生徒は全く来ていない様子だった。
「すぐそばに滞在してるので、5分で戻るが参加してよいか」と聞くと、
快諾してもらえたので走って戻って、着替えてくる。

よくそんな体力あるよな、私という感じだが、
移動をすると体がこわばるし、キチンとそれを伸ばしたかったのだ。

Kundalini and Meditationというクラスで先生の名前はFransesca。
ハゲた30代後半くらいのひょろっとした男の人と二人でレッスンを受けた。

マットは、先生が無料で貸してくれた(本当は確か3ドル)。料金はDrop-inで15ドル。

Fransescaは優しく丁寧に指導してくれ、
ゆったりとそれでいてキッチリ体の隅々まで伸ばせたのでとても気持ちがよかった。
21時半までの1時間半があっという間。心地よい汗をかけた。

その後は、いったんホテルに戻って着替えなおし、また夜の街に出ることに。

3rd Street Promenadeのあたりは、
22時近くに女一人でウロウロしていてもまるで大丈夫。
日曜日の夜だというのに、GAPなどさまざまなブランドの店がたくさん開いていて驚く。
クリスマスが近いせいもあって、ショッピング街は活気付いている様子。

明日、たくさん買ってしまいそう…という楽しみと恐怖を覚えてながら、
0時前にホテルに戻って寝る。

┌─≪INFO≫────────────────────────────────┐
│□Greyhound Bus□
│◆グレイハウンドバス◆◇(1-800)229-9424◇
│◇http://www.greyhound.com/
│→安くUSA内を移動できる手段。★★★★★

│□Hostelling International Santa Monica□
│◆ユースホステル◆◇310-393-9913◇1436 2nd St. Santa Monica, CA
│◇http://lahostels.org/santamonica.htm 
│→200ベット。ドミトリー$25.00 + tax (non-members $3.00 additional)など。
│この立地でこの値段はまあ得な方かも。★★★★★

│□SANTA MONICA POWER YOGA□
│◆ヨガスタジオ◆◇310-458-9510◇1410 Second Street. Santa Monica, CA
│◇http://www.poweryoga.com/
│→EASTとWESTの2教室あり、それぞれ1日6-7クラスほどある。★★★★★
└─────────────────────────────────────┘
posted by しだみえ at 10:03| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(3) | 55-57:San Diego[U.S.A.] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月12日

56:Sat,Dec 18鯨見に海へ

朝7時に起きて支度をし、いつも通りトーストと紅茶の朝ごはんを食べてから、鯨を見に行くことにした。ありったけの服を着込んで防寒する。船の出る、B Street Terminalまではトロリーと徒歩で行くことにし、8時半に宿を出た。

≫ ホエールウォッチングへ ≪

ホエールウォッチングは、hornblowerが行っているツアーにインターネットで申し込んでおいたので受付では名前を告げるだけだ。B Street Terminalについてもそれらしき看板も、ネットで見た船も見当たらなかったが、窓口で聞くとすぐ隣の船とそれに並ぶ行列がそうだという。列に並んで最後尾の女の子にも確認してやっと安心。出発は9:15からだった。

船は思ったよりも立派で大きく、豪華な感じがした。日本人は、カップルや、留学生らしい3人連れの女の子も1人いた。大きなサングラスをかけて日本のギャル風なオシャレをしていたその女の子には写真を撮ってくれと言われたが、日本語で会話することはなかったから、ひょっとすると別のアジア人かもしれない。

私は、防寒のためみっともないほど着込んでいたし、サングラスを忘れていつも目を細めていなくちゃいけないし、一人で来ている人なんていないし、寒いし、ということでやや孤独感が増してくる。一人で船に乗って海を眺める、というのは浮かれた気分にはならないものだ。しょうがないので、iPodでひたすら音楽を聴くことにする。気分は昨日と同様、すでに旅の終わりを感じ、そしてカリブ海を懐かしむ気持ちでいっぱいだった。

画像 495.jpg 画像 500.jpg
船から見える景色
from the bow
画像 528.jpg 画像 525.jpg 画像 530.jpg
カモメがすぐそばに見える
sea mews
画像 520.jpg
ひなたぼっこをするアザラシ
seals
画像 536.jpg 画像 538.jpg 画像 539.jpg
輝く海
the Pacific were glittering.


肝心の鯨といえば、何となく背が見えたような気がする。でも音楽を聴いていたせいで、その解説を聞きそびれてしまった。鯨じゃなくて別の海洋生物だったのかはよくわからない。3時間半ほどのクルーズは、あまりにのんびりした時間で、孤独なせいか、長く感じた。

下船するときに、乗船前に撮られた写真が売られていたが、あまりに冴えない格好だったので買わなかった…。

≫ シーポートビレッジへ ≪

港を出ると、重ねていた服を何枚か脱ぎ、まとめていた髪をほどき、ようやく少しマシな格好にしてからシーポートビレッジへ行くことに。シーポートビレッジというのは、海に面したショッピングスポットなのだ。ニュー・イングランドの漁村をイメージしているらしい。トロリーで1駅だったが、近いので歩いていくことにする。途中、これから出陣するらしい反ブッシュらしきデモ隊に出くわす。

着いてみると、いかにも観光スポット!といわんばかりの、外国人客というよりは近くに住む人々が休日を楽しみに訪れるような場所だった。主にお土産を置くようなショップやレストランがたくさんあったが、わりとこじんまりとしたエリアだった。日本にもよくあるようなテーマショッピングパークみたいなものだ。

トイレによってから、お腹がすいてたまなくなったので、食事できるような場所を探した。が、どこも高くてまずそうなアメリカらしいファーストフード店ばかり。カードも使えず現金払いの場所が多い。迷った末、オニオンリングなどが入った$7ほどのセットを頼んだらびっくりするような量が出てきてしまった。冗談みたいだ、と思いながら半分くらい食べ、後は紙袋に入れてもらってテイクアウトすることに。バケツを返すと$2ほど戻ってくる仕組み。日本人女性を含む3人でスペイン風のセッションをやるバンドがさまざまな楽曲を演奏していて、それを見ながら食べた。
画像 541.jpg
小さなバケツにぎっしり!
lunch set

土産物屋も一応全店舗回ってみたが、特に欲しいものやあげたいものは見つけられなかった。猫グッズ屋とかクリスマスデコレーション屋とか動物グッズ屋などが多いのだが、どうにも大味で食指が動かない。アイスクリームを買ってまた、先ほどのセッションを聴いたりしてのんびりくつろいだが、日が傾きかけてきたので一度ユースホステルに戻ることにした。1kmも離れていないので、歩いて戻る。

画像 540.jpg
少年合唱団のミニコンサートもあった。あまり上手ではない
men's chorus


≫ またも買い物三昧 ≪

宿で余分な荷物を置いてから、ショッピングに繰り出すことに。まだ買うつもりなのか、とも思うがアバクロももう一度みたいし、CD類ももう少し欲しい…ということでホートンプラザへ。気になっていた"レゲトン"のCDを買いたかったのだ。レゲトンとは、NYCのプエルトリカンのコミュニティーとプエルトリコで生まれた、スペイン語によるダンスホール・レゲエ、らしい。日本のサルサクラブでも週末の夜中にかかったりするのだが、実はあまり好きではなかった。でも旅の途中あちこちで耳にしたので、すっかりハマってきてしまったのだ。まずはちゃんと聴いてみたい、ということでCDを買うことにしたが、どれがいいのかもサッパリわからないので、とりあえずベスト版を二枚買う。帰国後は数十回づつリピート再生。すっかり夢中に。


reggaetonhits%202005%202.jpg
Reggaeton Hits 2005


バチャータのDVDも購入。バチャータはドミニカ共和国の歌謡曲みたいなバラード(いいのか、そんな説明で)。プエルト・リコで『BachataHits2』というDVDを買ったのだが、その"1"も欲しくて探していたのだ。見事発見。Aventuraというグループの『Cuando Volveras』という曲が大好きで、旅の途中も100回くらい聴いていたのだが、彼らのビジュアルを知らなかったので、映像が見たかったのだ。帰国後、彼らだけ数十回リピートして再生。かっこよすぎ。
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バタくさい感じがまたカッコイイ…
Aventura
Cuando Volveras
bachata5.jpg
バチャータを踊るときはこんな感じ↑
Bachata

ホートンプラザ内のネットカフェにもよってみたが、使用が制限されていて、ブラウザも固定されていたしで、日本語は打つことも読むこともできないままだった。アメリカってずいぶん外からのアクセスが不自由なんだな、と。また改めて。子供が自由に使えないようにする、とかそういうことなのだろうか。

で、最後の散財を。Abercrombie&Fitchで、ピンクのジップアップ、オレンジ色のキャミソール、水色のロングスリーブシャツ、ピンクのベルトを購入。しめて$80.6。安い…。日本でコレだけ買ったらどんなことになるか。ジーンズもTシャツもまだまだ欲しかったけど、懸命に我慢。ほかの店で、ピンクのフェイクファーのコートを何度も試着しては迷ったけどそれも我慢。かさばりすぎる。Macy'sで友人にお土産を買い足して、それで買い物はいったん終了。

≫ クラブを探し回る ≪

さあ、最後の週末。踊らないわけにはいかない。ユースホステルの食堂で昼間のランチの残りを食べながら、行くクラブを物色。ネットで検索したり、フリーペーパーを参考にして、何とか3-4つのクラブをピックアップした。受付の男の子に場所を調べて地図にマークしてもらっていたので、それを持って、最低限のお金だけ持って、クラブ仕様に着替えて23時頃出発。もちろん全部サルサがかかる場所を探すのだ。

が、見つからなかった。

が、全て外れた。皆、サルサではない曲がかかっていたり、店自体が無かったり。しかし、Hiphop系やハウス、R&Bで流行って盛り上がっているクラブは山のようにあった。外からも様子がよく見えるクラブもいくつかあって、皆踊り狂っている様子がよく見えたが、その中に入っていく気にはなぜかなれなかった。

意気消沈してユースホステルへ戻ると、受付にものすごくハンサムでイマドキの格好をしたアジア系の男の子が二人、受付の男の子と話をしていた。横を通り過ぎて部屋へ戻ろうとすると、日本人か、と声をかけられる。

そうだと答えると、
「ボクは2月に日本に行く予定なんだけど、誰も知り合いがいないんだ」と微笑む彼ら。
歩みよりながら「そう、で?」と返せば、「メールアドレスとか…、何か連絡先を教えてくれないか」と頼むので、まあメアドくらいならいいか、と思い、受付で紙をもらってボールペンを走らせる。すると「で、2月に連絡したら、ボクのこと覚えててくれるかな」と首をかしげる彼。肩をすくめて"maybe"と返す私。

"maybe!?"と目を見開いた彼は「じゃあ写真でも撮ろうか」と提案するのだが、そのときは誰もカメラ持っていなかった。「ところで、今はどこに行ってきたの?」と聞かれたので、サルサを踊れるクラブを探したが、行きたいところがなかったと説明。状況をひとしきり話した後で、「R&B系でもいいなら、さっき僕達がいたところに行こう」と誘われたので付いていくことに。

要するに、ただのナンパなような流れなんだけど、あまりにさわやかにカッコイイ感じの子たちがさわやかに誘うので…。こんなかっこいい子と話すのは、生まれて初めてかもってな感じで若干舞い上がったのかも知れず

一人は、若くてお金持ちで顔も整っていて、背も高く、身体もキレイで、ってこんな子もいるんだなあ、と感心してしまった。Laiという苗字だったので、中国系だろうか。IT系のビジネスマンをやっているようだった。ちょっと背伸びをしてる感じがまたカワイイ。

しかしショックだったのは、実は会話があまり成り立たなかったこと。最初のやり取りはまだよかったのだが、彼のしゃべる言葉が、たまに全くわからなかったのだ。訛りがあったのかもしれない。西海岸特有の言い回しが多かったのかもしれない。いや、たぶん若者言葉だったのではないか、と思う。ネイティブの英語はぜんぜん聴き取れないんだ、と愕然。がっかりした。いや、そんな自分に

┌─≪INFO≫───────────────────────────────┐
│□hornblower□
│◆ホエールウォッチングなどのツアー◆◇619-686-8700◇1066N.Harbor Dr.,SanDiego
│◇http://www.hornblower.com/
│→湾内クルーズなども予約できる。☆☆★★★

│□Seaport Village□
│◆ショッピングビレッジ◆◇619-235-4014◇http://www.seaportvillage.com/
│→可も無く不可もなく。家族連れなら楽しめるのかも。☆☆★★★
└─────────────────────────────────────┘
posted by しだみえ at 16:43| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(6) | 55-57:San Diego[U.S.A.] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月25日

55:Fri,Dec 17海豹の群れ

旅も残すところあと5日となった。サンディエゴは観光する場所はたくさんあるが、数日では行ける場所は限られている。まずは、ラ・ホヤという南国の別荘気分を味わえるという高級住宅地に行くことにする。そこでは野生のアザラシも見られるという。

8時半頃起き出して、食堂で朝食を取る。一人で、もそもろとトーストにジャムを塗ったりして食べていると、ヨーロッパ系バックパッカーのカップルが、楽しげに一緒に朝ごはんを調理している様子を見て、羨ましくなった。二人とも若くて仲睦ましく、炒め物をしたりして楽しげだ。一人分では、野菜などの材料を買うのも不都合だし、食料面でも、愛情面でも負けているのでジトっと眺めてしまう。

食事の後は、シャワーを浴びてインターネットを。ここのユースホステルには二台のインターネット専用パソコンがあり、24時間気軽に使えるのではあるが、ブラウザなどの使用も限定されていて、日本語は読むことも書くこともできない。値段は30分で$2.35(多分)。サンディエゴでのヨガやサルサなどの情報を探し、いくつか行けそうなスタジオやスケジュールをメモする。さらに、毎年冬から始まるホエールウォッチングのツアーが今年は12月18日から開始されることを知り、サンディエゴにはもう1泊することにして、そのツアーにインターネットで申し込みを入れる。$25。

≫ 天気に恵まれる旅 ≪

出かける準備をし、1階のフロントに下りて延泊を申し込んだ。この日本人の受付のお兄ちゃんはとても感じがよい人なので、何度かおしゃべりをした。「サルサが好きで、メキシコやキューバにちょっとだけ行ってきた」というと「日本人でもサルサやる人いるんですねー。初めて見ました」と驚かれる。彼もメキシコから始めて中米を回る予定でお金を1万ドル目標で貯めているのだと言う。

私は、これからラ・ホヤへ行き、明日はホエール・ウォッチングだと言うと「先週までは雨ばかりだったんですけど、ここ数日はとても天気がいいから景色もきっとキレイでしょうね」と微笑まれる。同じようなことをプエルト・リコでも言われたし、カンクンでも言われた。私が滞在している期間は、どうやらつかの間の快晴に恵まれているらしい。ニューヨークでも雨に合った回数は少ないから、天気についてはツイてるのかもしれない。

ユースホステルを出るのが昼頃になってしまったので、地球の歩き方に掲載されていた読者投稿のオススメである安いチャイニーズレストラン(Broadway&5th Ave.)へ。1品¢99で2品も食べればお腹がいっぱいになるという店である。店内はちょっと汚くて、何となくヤバめな客がたくさんいたが、料理は美味しかった。ここ数日の食生活の貧しさからか、チキンなど3品も選んでお腹いっぱいまで食べてしまう。

画像 428.jpg
すぐ傍にセブンイレブンがあった。品揃えはアメリカ仕様
seven-eleven


≫ トロリーを乗り間違える… ≪

Fifth Ave駅からトロリーに乗った。車掌さんらしき人が乗車していて、全員一人ひとり切符をチェックされた。今まで3回乗った時はいなかったから、時々、こうして抜き打ちでチェックするのだろう。学生の時パリのメトロでもそうして出口でチェックがあり、後輩がたまたま切符を無くしてしまって困っていたのを思い出す。

2つほど前の方の席に、地球の歩き方を握り締めた大学生くらいの可愛らしい日本人の女の子が乗っているのに気づいた。好奇心に満ちたキラキラした眼で外の風景を一生懸命眺めていた。その様子に見とれているうちに、トロリーを間違えて、ブルーラインに乗るつもりが、オレンジラインに乗っていたことに気づく。一駅乗り越してSeaport Villageでその子に続いて慌てて下車。反対方向のトロリーが来るのを待つ。バカだ。

そして、AmericanPlaza Transfer Station駅で降り、ブルーラインが来るのを待った。ここの駅はコンテンポラリーアート美術館と隣接している。待つ間に、ガラス窓から中のショップを眺めた。奈良美智の画集などが見える。また、茶道セットもあった。

画像 430.jpg
この茶道セットは可愛らしいので欲しかった
The tea ceremony set


15分ほどしてようやくトロリーが到着し、乗り込む。途中Little Italyと呼ばれるエリアも経過するので、街の様子を楽しみにしていたのだが、あっという間で、あまりよくわからなかった。とても小さなエリアなのかもしれない。

終点のオールドタウントランジットセンターで降り、バス停に、丁度バスが来ていたので走りこむようにしてそのバスに乗る。#34に乗れば、45分程度でラ・ホヤまで行けるはずなのだ。サンディエゴはバスが非常に発達しており、網の目のように走っているため、バスに乗ればたいていの場所には行けるようだ。治安の面でも夜遅い時間を避ければそれほど危険な様子は無いという。

≫ 白いツノ帽子の兄ちゃん ≪

iPodで音楽を聴きながら乗っていると、白いバイキングというか雄牛みたいな帽子をかぶった黒人の変な兄ちゃんが話しかけてきた。ちょっと怪しいので、最初は気づかないフリをしていたが、あまりに大声で話しかけてくるので無視するにも限界がある。彼は私にどこから来たのか、観光か、学生なのかなど一通りの決まり文句を訪ね、音楽は何を聴いているのかと聞いてきた。easyなアメリカンポップスを聴いていたので、ちょっと恥ずかしくなって"R&Bとか"と言ってみる。彼はちょっと考えて"Jey-zとか?"と問うので、面倒なので同意。彼は当てられたのが嬉しいのか、にこにこしてうなずいている。いい加減な私。Jey-zなんてビヨンセと一緒に歌っているのしか聴いたことがないのに。

しかし、彼がかぶっていたのは、写真を撮りたいようなカワイイ帽子だった。真っ白なTシャツのようなやわらかい生地でできていて、両耳の横から、ねじりあがった布の端っこが丁度5cmくらいのツノとなって、両脇に突き出しているのだ。それは、ちょっと小太りで童顔の陽気な彼にとても似合っていた。

私との会話が一段落すると、今度は周りの人に話しかけるなどして、始終楽しそうだった

≫ ラ・ホヤへ ≪

さて、どこで降りるかなのだが、地球の歩き方には極めて曖昧な記述しかなかった。事前に手に入れた#34の路線図を見ても曖昧。そしてラ・ホヤのどの地点に行きたいかというのも極めて曖昧なので、運転手さんなどにも相談しようがない。ま、何とかなるさ、と思い、それでも路線図を握り締めて、街の景色を常に見比べながら寝てしまわないように努力した。

途中、ミッション・ベイというレジャー・スポットやその中のシーワールドなども見えた。シャチやイルカなどのショーが楽しめるようだが、一人旅には不向きと判断して、今回のプランには加えていない。

美しい海岸線の景色を楽しんだ後、ようやく降りた方が良いらしいポイントがわかってきた。バスのなかの紐を引っ張って降りることを知らせる。乗車しているのは私だけだった。

ラ・ホヤ(La Jolla)というのは、サンディエゴのダウンタウンから約18km行ったお金持ちエリア。高級ブティックやギャラリーが軒を連ねる芸術家の町だと地球の歩き方にはある。とにかく美しい場所として知られているようだった。確かに、ステキな高級っぽいショップが立ち並び、とても穏やかで洗練された街並みだった。

まずは、ラ・ホヤ・コーブという入江へ行くことに。海辺の公園から、その入江を望めるのだ。その公園も穏やかで小奇麗な公園だった。公園内のトイレにも入ったが、まあまあキレイなところであった。途中、サンディエゴのタウン情報がある新聞状のフリーペーパーを手に入れて、椅子などに座るときに座布団代わりに敷くことにした。海沿いにある柵にはたくさんの観光客がずらっと並んでいて、皆一様に海を見つめていた。

画像 432.jpg 画像 433.jpg
公園は穏やかでノンビリした雰囲気だ
in the park

画像 439.jpg 画像 436.jpg
子連れや近所の散歩中らしい人もたくさんいる
in La Jolla Cove

しかし、私は、残念ながら、もっと暖かな美しい土地でカリブ海を見ていたので、太平洋にはあまり感動できなかった…。カリブ海が恋しい、と心の中でつぶやいてばかりいた。もう旅は既に終わったような気すらしていたのだと思う。そう、メキシコで。アメリカはオマケにすぎないのだ、と。

≫ 大量のアザラシに遭遇!! ≪

しかし気を取り直してアザラシを見に行くことに。本当に見れるのかはまるでわからなかった。地球の歩き方には、"季節や時間帯によって"見られるとしか書いていないのだ。

子どもが遊ぶために防波堤が作られたチルドレンズプールなのだが、子どもというよりもシールズビーチになっているということ。

画像 440.jpg
半信半疑なままだったが、こんな看板を発見、マークがとてもカワイイ
Warning!?


ビーチを見てビックリ。本当に何十頭ものアザラシがノンビリと寝そべっているのだ。あまりにも愛らしい様子に感動して写真を50枚も撮ってしまった。途中、さまざまなカップルに頼まれて、彼らとアザラシのショットも撮った。50cmくらいまでなら近づいても平気だが、あまり寄ると嫌がって、身をよじってジタバタと逃げるのだが、申し訳ないがその様子もとてもファニーでカワイイ。声を出して一人で笑ってしまったほどだ。時間が経つのがあっという間だったが、2時間ほどはそこにいただろうか。
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アザラシがぎっしりいて、皆回りに集まって写真を撮ったりしている
Children's Pool& Seal Rock

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子どもたちもカワイイ子がいっぱい!
隠れていっぱい撮ってしまった。
kids
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画像 477.jpg 画像 480.jpg
丸い胴や仕草、顔を見ているだけで飽きない
Seals


もっとアザラシの表情を眺めていたかったが、美術館にも行きたかったので、諦めて去る。海岸線沿いに歩いていったが、さまざまな風景や人が楽しくてたくさん写真を撮ってしまった。
画像 501.jpg 画像 503.jpg
青春時代まっさかりのカップルや全く同じポーズを取る男性二人
couples

現代美術館ラ・ホヤ分館は、来る途中に窓ガラスから覗いた美術館の分館で、'50年代以降の現代美術のコレクションを持っている。リュックサックは預けさせられ、$6を払って中に入った。

海に面した壁が一面ガラス張りになっている部屋があり、この部屋自体が作品であるという。確かに居心地の良い美しい部屋ではあった。作品点数は少なく、観客も5-6人ほどしかいなかったので、中にいる監視員はとてもヒマそうであった。しかし、作品は確かに興味深いものもあった。キキ・スミスの作品もあったし、一部屋の壁面全てが蜂蜜色のストロー状の断面で覆われている作品(作者名は失念)も、面白い感覚を味わえた。夕陽が落ちるギリギリの時間までいて、サンセットは海岸沿いで見ることにした。

≫ 太平洋に落ちる夕陽 ≪

海岸には既にたくさんの人が座って、日が落ちるのを待っていた。ベンチは全て占領され、車を脇に止めてキャンプ用の椅子やテーブルを持ち込んでいる人もいたし、皆一様に夕陽を見つめていた。それはかなり不思議な光景だった。

画像 518.jpg
ドレスアップしてワインを飲みながら眺めている人々もいた
a lot of people


私は芝生の上に例のフリーペーパーを敷いて座り、リュックサックに入れたミネラルウォーターを飲んで、持ってきたビスケットを齧りながら夕陽を眺めた。

画像 521.jpg 画像 512.jpg
どちらかというと落ちる寸前と落ちた直後が好きだ
after sunset


日がすっかり落ちたところで、ラ・ホヤの街中の方へ。たくさんの土産物屋があり、つい立ち寄って、細々としたチョコレートやキャンディーなどのお土産をたくさん買ってしまった。クリスマス用に包装された可愛らしいものが色々と売られていたのだ。店員のきれいな白髪の品の良いおばあちゃんが、私に日本人かどうか尋ねてきて、そうだと答えると「日本には行ったことがあるわ。京都などに行ってお寺などを観たの。とてもきれいでいい国ね」と誉めちぎり、片言の日本語で「アリガトウ」などと言ってくれる。何だか嬉しくて、精一杯にこやかにお礼を言って店を後にした。

しかしまだ18時前だったのに、もう辺りは真っ暗。地図を手がかりに歩いて何とかバス停らしき場所を見つける。しかし時刻表などはもちろん無く、いつバスが来るのかはさっぱりわからない。フリーペーパーを読んでサルサ情報を見たりしながら、あまりの手持ちぶさたさに、m&mのキャンディーを一袋の半分も食べてしまう頃にバス到着。帰りはほぼ終点の駅までなので安心して乗ることができた。

≫ 大いに道に迷い、夜の高速道路を独り彷徨う ≪

オールドタウントランジットセンターで降り、再度地図を眺めて、19時半からのヨガのレッスンに行くことに。インターネットで見たヨガのスタジオがそこから比較的近くにあるはずなのだ。スケジュールやクラスの内容が合うように思えたので、行くことにしていたのだ。が、またバカをする。スタジオ名やその電話番号を書き留めたメモを無くしてしまったのだ。インターネットで見た建物の外観のおぼろげな記憶と、ひどく大雑把な地図に大まかに書き込んだ大体の場所しかわからない。しかも、辺りは真っ暗。だが、40分ほどの時間の余裕があった。

歩き始めて5分ほどでやや不安になった。地図からすると方向は間違っていないはずなのだが、ものすごく暗い道で、ひたすらだだっぴろい道路があるだけなのだ。もちろん誰も歩いてなんていない。バスが何本か通るものの、まわりには民家というより工場などが並ぶだけだ。

10分ほどして不安は増した。あと少し、あと100mも歩けば目的の場所が見えるはずだと思うものの、一向にそのような雰囲気にならない。

さらに10分歩いて、何かが違うようだと思った。

どこかで間違ったのだ。

私が歩いていたのは高速道路だったのだ

引き返すためにまた同じ道を25分歩くのはゴメンだった。どちらにしてもヨガのクラスの開始時間には間に合いそうもなかった。

景気づけのために歌を歌うことにする。iPodの音量を最大にして、セリーヌ・ディオンのMy Heart will go onを歌う。何なんだ、その選曲はと思うがしょうがない。歌詞を見ずに最後まで歌える曲なんてそんなに無いのだ。

さらに5分ほど歩いて、ようやく横にある車関係の工場のような店のようなものがあるところに出る。

人がいないのも怖いが、悪い人が何人かいる方がもっと怖い、のだが、意を決して向かう。その店を通り過ぎて、ちょっと行けば民家があるような道路に出られるかと思ったが、出られなかった。引き返して、その店の方に行き、そこにいた二人の男性に道を尋ねた。彼らは、私が何でこんなところを一人で歩いているのか不思議がったが、道に迷ったと言うと納得し、どこに行きたいのか尋ねた。

・・・どこに行きたいのだろう、私。

戻るのが妥当だと判断し、old townと告げると道順を教えてくれた。いい人たちでよかった。言われた通りに歩いていくと、7、8分でオールドタウンのエリアに着くことができた。陽気で明るく、雰囲気のある場所について一安心する。

≫ オールドタウンへ ≪

ここは、1769年にスペイン人によって教会が建てられ、造られたという歴史的な地区。19世紀にメキシコの統治可にあった頃の古い住宅などがたくさんある観光地だ。

ほっと一息ついて、20時になってもまだまだ開いていた数件の土産物屋を歩いた。家族や友人にささやかなお土産をたくさん買う。メキシコ風の土産物も、メキシコで買うよりは多少高いのだろうが、質のよい、きれいなものがたくさんあった。細々とした気の利いたものがたくさんあって良かった。21時半頃、お店の人に駅の方向を聞いて帰ることに。

しかし、サンディエゴの夜は思ったよりも随分寒い。ロサンゼルスよりも南だし、暖かいのではと期待していたが、夜はコートが必要で、寝ていても寒くて明け方に必ず一度眼が覚めるほどなのだ。

途中でインスタントラーメンを買って帰り、ユースホステルで煮て食べた。食は極めて貧しい。

サルサを踊りに行きたいな、と思ったものの、金曜の夜に踊れるクラブがわからなかった。確実に盛り上がっていそうなサルサ専門のクラブは、車が無いと行けそうにない場所にあったし、歩いていけそうな場所では見つからなかった。明日探すことにして、次の日のホエールウォッチングに備えて、12時前には金曜の夜のざわめきを聞きながら眠りについた。

┌─≪INFO≫───────────────────────────────┐
│□La Jolla Museum of Contemporary Art□
│◆美術館◆700 Prospect St.,La Jolla◇858-454-3541
│◇http://www.mcasandiego.org/
│→恵まれた美しい場所にある小さな美術館。☆★★★★
└─────────────────────────────────────┘
posted by しだみえ at 06:47| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(3) | 55-57:San Diego[U.S.A.] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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